第8期生の卒業に際して

 日本とフィリピンをSkypeで結んで英会話の格安レッスンを行うことで有名になった株式会社レアジョブ。その共同創業者である中村岳氏を講座に招聘したことがある。講演後、寿司をつまみながらの四方山話の中で私が最も興味を持った点は、前職であるNTTドコモをどの段階で退職したのかであった。驚くべきことに、彼は非常に早い段階でレアジョブ1本に絞っていた。「プレサービスが開始されたに過ぎず、まだ売上が一銭も計上されていない段階でなぜそこまで踏み切れたのか?」私の問いに対する彼の答えは明瞭だった。「心の中にはワクワクドキドキしかなく、先が楽しみでならなかったから!」私はこれまで数社のベンチャー企業設立に携わってきたが、そこでの経営者の多くは十分に成功のめどが立つまで前職を捨てないという姿勢だった。しかし、一見すると理屈に合っているかに見えるこの姿勢の持ち主たちは、石橋を叩き過ぎたのか、はたまた背水の陣を敷けない覚悟の浅さを周囲に見透かされたのか、皆一敗地に塗れた。

 卑近な例ではあるが、私自身の人生の岐路も中村氏の言葉と相通ずる。遡ること10数年前。銀行を退職した折、私自身も後悔や不安は皆無だった。今思えば、数多くの関門があったはずだ。大学院へ受かるか否か、博士課程へ進めるか否か、研究に値するだけのテーマが見つかるか否か、学位が取得できるか否か、専任教員のポジションを射止められるか否か・・・。しかし、「これはいける!」という自分の中だけの言い知れぬ確信が獨協大学着任までの6年間を支え続けた。

 ロジックとマジック、左脳と右脳、論理と直感。豊かな人生を送るためには両方の要素が不可欠である。もし、あくまでも論理性だけを突き詰めて考えるならば、中村氏も私もあの時、人生の軌道を外れるという決断はできなかっただろう。「今この時!」と勝負所を見極める直感的嗅覚がモノを言う。一般的に成功談とはそれを聞いている側からすれば、最初から明確な根拠が存在して結果に結びついたと思いがちだが、そこに至る思考回路は必ずしもそうではなく、ある種の直感が発端となることが多い。ただし、普段から論理性の爪を砥いでいなければ直感力のアンテナは鈍り、またせっかく思いついた直感も直感のままで終わる。両者は相互補完的と言えよう。中村氏は言う。「仮説検証もなく思い付きで事を進めるのは無謀。ただし、仮説検証ばかりやっていても決して前には進めない」私自身も退職の意志を固めるまでに多くの選択肢を検討した。しかし、そのことと実際に退職することとは別問題である。

 有吉ゼミではとかく論理性ばかりが重視されていると考えられてきたようだが、実は本質は違う。ゼミの課題で高いパフォーマンスを上げるためは、表面的なデータを浚うだけでは太刀打ちできず、深い洞察を基にした自分なりの仮説を持たなくてはならない。ゼミの運営も同様で、上級生として存在感を示してゆくためには、ゼミの問題を自分の問題として主体的に捉えて意見することが求められる。これらは論理性と直感力の双方が絡み合って初めて実現できる。今回唯一の修了者となる須藤咲子さんは、見事にそれを体現してくれた。8期生は特に例年より早期から離脱者が多く、大きな負担を強いたと思うが、私と重ねた議論の数々は須藤さんの中で結晶となって蓄積され、これからの人生を支えてゆく礎石となるはずである。卒業おめでとう!

平成27年3月吉日

有吉秀樹

One Step Back