第10期生卒業に際して

 「世の中に出ると本当の友達を作るのは難しい」・・・父の口癖だった。父の言葉を信じた私は大学時代に必死に友達を作ろうとした。7つのサークルを掛け持ちし、学内で3歩進めば知り合いに行き当たった。しかし、社会へ出てみると、山のようにいたはずの学友の大半はあっという間に音信不通となる。それぞれ新しい環境に身を置き多忙を極めていたのか、はたまた私の人望がなかっただけなのか。当時勤務していた銀行では思うように事が運ばず、私は社会人のファーストステージで苦戦を強いられていた。やはり父の言葉は本当だ!そんな気持ちが心を過ることもあった。

 時は流れ20年。その間に職を変え、立場も変わり、昨年4月、私は教授職に就任した。教え子たちが発起人となって開いてくれた宴には60名以上の方が参集してくれたが、そのほとんどは社会人になってからのお付き合いである。では、父の言葉は嘘だったのだろうか。いや、否。世の中とはそう簡単に思い通りになるものではない。正しいことを言っているからといって必ずしも通るとは限らず、頑張ったからといって努力や成果を認めてもらえるわけでもない。しかし、そんな世の中に文句を言っていても始まらない。思い通りに生きるためにはどうすればよいのか、それを考えるところがすべてのスタートなのだろう。地道なように思えるかもしれないが、自分に投資し磨き続けること、そして、周囲と良好なコミュニケーションをとり自分の意見に耳を傾けてくれるような環境づくりを常日頃より行うことが大切と考える。このようなバランスの良い人格の陶冶がなければ、複雑な利害関係が絡む社会人生活をうまく乗りこなし、本当の友達を作ることは難しいのかもしれない。教授就任決定前夜、父は逝った。言葉の本当の意味を理解するのは甚だ遅かったかもしれないが、泉下で微笑んでくれていると思いたい。

 10期生の諸君は2名という史上稀にみる少なさでゼミ生活の大半を過ごした。自らの置かれた環境に当初不安や不満を抱きつつも、課された数々の課題やゼミ運営を通じて自ら問題意識を持ち考えるとともに、私の真意を理解し、距離を縮め立派に成長した。これから社会というフィールドで、日常の営みを害され、心掻き毟られるような思いをすることもあることだろう。そのような時にこそ、この巻頭言を思い出し、己を奮い立たせてほしい。活躍を願う。卒業おめでとう。

平成293
獨協大学経済学部教授
博士(学術)
有吉 秀樹

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